トップページ > 連載 > 長期修繕計画 > 資産価値を向上させる大規模修繕工事-その1- 建築編
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  • 2012年夏号

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(有)建物診断センター 澤田博一
(社)高層住宅管理業協会 マンション保全診断センター
資産価値の向上というと、誰もがすぐに流通価格の上昇を思い浮かべます。確かに、大規模修繕工事直後は中古価格が上がり、その上昇分は大規模修繕工事にかけた金額よりも高くなる例が多いようです。しかし、現在の経済情勢では、そのまま上がり続けるということはほとんどありません。

むしろ、金銭では評価できない価値、すなわちそのマンションで生活する際の安心感や快適感をマンション全体の資産と捉え、それを向上させる取り組みが資産価値向上であると考えます。

第2回目は、そんな資産価値の向上につながる、建築分野の大規模修繕工事の具体例を5つほど取り上げます。

◆ポイント1 耐震改修

昭和56年(1981年)6月以降に建築確認を得て建設されたマンションは、俗に第三世代マンションと呼ばれます。細かな変更はあるものの、その構造設計の考え方はそのまま引き継がれ現行の基準となっています。第三世代のマンションは、阪神淡路大震災、東日本大震災でも充分な強度を持つことが実証されています。対策が必要なのは、それ以前に建てられた約106万戸と推定される第一・第二世代のマンションです。

まず耐震診断を受け、どこが構造上の弱点なのかを明らかにして、有効な耐震改修工事を行うことが急務です。各地によって様々ですが、それに掛かる費用の助成を行う自治体が多くなっていますので、該当するマンションは問い合わせてください。
その耐震改修の方法は、大きく分けて次の3通りあります。

●耐震補強
柱や壁を補強したり、筋交いや外付けフレームを増設して、建物の強度を上げる工法。

●制震補強
色々な素材の制震ダンパー(緩衝器)を取り付け、建物に加わる地震力を軽減する工法。

●免震補強

ゴムやバネでできた免震装置を地下や中間階に設置して、地盤から伝わる地震力を軽減する工法。なお、第三世代のマンションでも、地震による建物の変形で重要な避難経路である各戸玄関扉が開きづらくなる不具合が生じました。その対策として、対震丁番()を採用し、枠が歪んでも比較的小さな力で開く扉に取り替える例がみられます。(写真1-a・1-b参照)

後で述べる、意匠性や省エネ、バリアフリーや防犯性能の向上にもつながりますので、大規模修繕工事の1項目として検討する事例が増えています。

「対震丁番」とは…地震の際に玄関扉の枠が変形し、こすれ合って扉が開きづらくならないよう、軸にバネを埋め込んで、それが縮んで扉を下げ小さな力で開けることができるように工夫された丁番。一般的に丁番はちょうつがいとも呼ばれる。

◆ポイント2 省エネ改修

省エネに寄与する建築分野の修繕工事の具体例は、何といっても断熱性能向上が挙げられます。外壁の外断熱が注目されていますが、実は最も多くの熱が出入りするのは、ガラス窓に代表される開口部なのです。そこで、大規模修繕工事の1項目として開口部の改良、具体的にはガラスの2重化を含めたアルミサッシの改良を検討する事例が多くなりました。

しかしながら、この連載の第4回目で述べる予定の長期修繕計画に、その費用まで見込んで積み立てしているマンションは少なく、残念ですがやむを得ず断念する例もあります。比較的費用が掛からずに外からの熱を遮る工事としては、屋上などの防水層保護塗料を遮熱性の塗料に変える、外壁の塗料も遮熱型を用いるなどがあり、徐々に採用例が増えています。

◆ポイント3 バリアフリー改修

居住者の高齢化が進み、より一層マンションの内外環境を「優しく」することが求められています。具体的には床の防滑化や段差解消、通路や階段の手すり設置、エントランスドアの自動化、各戸玄関扉を含めた各所共用扉取手のレバーハンドル化などが挙げられます。

近年は階段の一段一段に張る防滑性や段差の視認性を高めた材料も製品化され(写真2参照)、大規模修繕の定番メニューになりつつあります。

◆ポイント4 防犯性能の改善

セキュリテイーを高めるためには、敷地を含めた建物全体を考える必要があります。建築分野の工事項目として最も多いものは、すべての出入り口のオートロック化です。

それに併せて、管理規約上専有部となっている各戸の錠をピッキング対策品へ変える斡旋を行ったり、ポイント2の省エネ改修の項との関連では窓ガラスの防犯ガラス化を進める事例もあります。防犯カメラや防犯灯については次回設備編で説明します。

◆ポイント5 その他 意匠性の向上

貴重な修繕積立金を用いて行う工事ですので、修繕をしてよかったと居住者に喜んでもらえるような、何か目に付く「形」が求められます。

特に、2回目、3回目の大規模修繕工事の場合では、竣工当初の意匠に戻すだけでは飽きたらず、周辺の新築マンションにひけを取らないために改良(グレードアップ)を計画することも少なくありません。

費用が多少掛かりますが効果が上がる事例として、エントランスホールの内装改修や資産価値向上シリーズアプローチ通路の仕上げ改修(写真3参照)などがあります。そこまで費用を掛けなくとも、階数表示サインや掲示板、集合郵便受け箱、各戸室名札(表札)や換気口金物(ガラリ)等金物類のグレードアップを行うだけでも、ずいぶん雰囲気が新しくなり、評判がよいようです。


澤田 博一 (Sawada Hirokazu)

1952年東京都杉並区生まれ。
設計事務所、マンション管理会社勤務を経て、1987年マンションの建物診断・修繕設計監理・長期修繕計画の作成などを行う建物診断センターを開設、1998年法人化。
一級建築士・宅地建物取引主任者・マンション管理士。
執筆やセミナー講師などの活動他、(財)マンション管理センターの評議員や(社)高層住宅管理業協会の各種委員会委員を務める。